『テンペスト』(英: The Tempest)は、英国の劇作家ウィリアム・シェイクスピア作の戯曲。「テンペスト」は「嵐」を意味し、日本では『あらし』の題名でも上演される。シェイクスピア単独の執筆としては最後の作品と言われる。
シェイクスピアが書いた中でも人気の高い作品で、2012年のロンドン・オリンピック開会式では、物語の舞台となる魔法の島を模したセットで作品の一部が朗読されるなど重要な役割を果たした。
あらすじ
ナポリ王アロンゾー、ミラノ大公アントーニオらを乗せた船が大嵐に遭い難破、一行は絶海の孤島に漂着する。その島には12年前にアントーニオによって大公の地位を追われ追放された兄プロスペローとその娘ミランダが魔法と学問を研究して暮らしていた。船を襲った嵐はプロスペローが復讐のため手下の妖精エアリエルに命じて用いた魔法(歌)の力によるものだった。
王の一行と離れ離れになったナポリ王子ファーディナンドは、プロスペローの思惑どおりミランダに出会い、2人は一目で恋に落ちる。プロスペローに課された試練を勝ち抜いたファーディナンドはミランダとの結婚を許される。
一方、更なる出世を目論むアントーニオはナポリ王の弟を唆して王殺害を計り、また島に棲む怪物キャリバンは漂着したナポリ王の執事と道化師を味方につけプロスペローを殺そうとする。しかし、いずれの計画もエアリエルの力によって未遂に終わる。
魔法によって錯乱状態となるアロンゾー一行。だが、プロスペローは更なる復讐を思いとどまり、過去の罪を悔い改めさせて赦すことを決意する。和解する一同。王らをナポリに送り、そこで結婚式を執り行うことになる。
魔法の力を捨てエアリエルを自由の身にしたプロスペローは最後に観客に語りかける。「自分を島にとどめるのもナポリに帰すのも観客の気持ち次第。どうか拍手によっていましめを解き、自由にしてくれ」と。
主要登場人物
- プロスペロー
- 前ミラノ大公
- ミランダ
- プロスペローの娘
- エアリエル
- 空気の精
- キャリバン
- 島に住む怪獣
- アロンゾー
- ナポリ王
- セバスチャン
- 王の弟
- ファーディナンド
- 王の息子
- アントーニオ
- ミラノ大公、プロスペローの弟
- ゴンザーロー
- ナポリ王の顧問官
執筆の背景
『テンペスト』の初演日は確実にはわかっていないが、1611年11月1日に宮廷で上演されており、これが現在残っている最初の上演記録である。1623年に出版されたファースト・フォリオの最初に収録されている。直接の出典は特定されていないが、1609年にバミューダ諸島沖で英国の船が遭難した事件や、またモンテーニュのエッセイ「人喰い人種について」などからの影響が指摘されている。
解釈
シェイクスピア作品の一部を特に「ロマンス劇」と呼ぶことがあり、この『テンペスト』はその代表作の一つに数えられる。「ロマンス」は恋愛ものの劇という意味ではなく、現実離れした空想譚を指し、もとはロマンス語(イタリア語やフランス語など)で書かれた中世の荒唐無稽な物語を指す言葉だった。シェイクスピア研究者のエドワード・ダウデンが考案した用語で、シェイクスピアは魔法のような人知を超えた力が重要な役割を果たす「ロマンス劇」を晩年に連続して執筆している。
またプロスペローに服従している醜い獣「キャリバン」は、復讐から和解・解放へいたる物語のなかで人々からあざけられつづけ誰からも許されることがないため、西洋文明と植民地の関係を象徴する存在として、近年の文学研究で大きな注目を集める存在となっている。
時間と場所と筋の統一を主張する古典主義のいわゆる「三一致の法則」を守ったシェークスピア唯一の戯曲である。
有名な台詞
- 「この大地にあるものはすべて、消え去るのだ。そして、今の実体のない見世物が消えたように、あとには雲ひとつ残らない。私たちは、夢を織り成す糸のようなものだ。そのささやかな人生は、眠りによって締めくくられる」("Yea, all which it inherit, shall dissolve, and, like this insubstantial pageant faded, leave not a rack behind. We are such stuff as dreams are made on; and our little life Is rounded with a sleep."(第4幕第1場、プロスペローの言葉。いずれすべては消え去るという諦観が『ハムレット』に共通するとも言われる)
- 「だが、この荒々しい魔法の力を私は今日限り捨てよう」("But this rough magic I here abjure.")(第5幕第1場、事を成就させたプロスペローの独白。『テンペスト』がシェイクスピア単独の執筆としては最後の作品となったため、これがシェイクスピア自身の絶筆宣言などと解釈されることがある)
- 「まあ、不思議!ここにはなんて多くのすてきな人たちがいることでしょう!人間ってなんて美しいのでしょう!ああ、すばらしき新世界、こんなに人がいるなんて」("O, wonder, how many goodly creatures e there here! How beauteous mankind is! O brave new world, that has such people in'it!")(第5幕第1場、生まれて初めて大勢の人間を目にしたミランダの言葉。オルダス・ハックスレーの小説 『すばらしい新世界』の題名はここから取られている)
日本語訳
- 「テムペスト(颶風)」坪内逍遥訳 早稲田大学出版部 1915
- 「テムペスト」奈倉次郎・沢村寅二郎譯註 三省堂 1917
- 「あらし」豊田實訳 岩波文庫 1950
- 「大嵐」沢村寅二郎訳註 研究社出版 1950
- 「あらし」福田恆存訳 新潮社 1965 のち新潮文庫
- 「あらし」和田勇一訳「世界文学大系 第75 (シェイクスピア 第2)」筑摩書房 1965
- 「テンペスト」小田島雄志訳 白水社 1975 のち白水Uブックス
- 「あらし」大山俊一訳 旺文社文庫 1980
- 「あらし」工藤昭雄訳「世界文学全集 5 (シェイクスピア)」集英社 1981
- 「テンペスト」木下順二訳「世界文学全集 9」講談社 1983 /「シェイクスピア8」講談社 1989
- 「テンペスト」松岡和子訳 ちくま文庫 2000
- 「あらし」杉本明訳 晃洋書房 2003
- 「嵐」大場建治訳 研究社 2010
- 「新訳 テンペスト」河合祥一郎訳 角川文庫 2024
映画化作品
関連作品
音楽
- ベートーヴェンのピアノソナタ第17番は『テンペスト』の通称を持つ。これはベートーヴェンが弟子のシントラーにこの曲の解釈について質問された際に「シェイクスピアの『テンペスト』を読め」と返答したという逸話に由来する。
- チャイコフスキーはシェイクスピア劇を題材に3曲の「幻想序曲」を作曲しており、その一曲が『テンペスト』である。
- シベリウスはこの戯曲のために付随音楽を作曲している。後にその中から序曲と2つの組曲が演奏会用に編まれた。
そのほか
- 未来世紀シェイクスピア - 本作品をアレンジしたテレビドラマ。
- ブックオブウォーターマークス - 本作品の設定をベースに制作されたアドベンチャーゲーム。
- サンドマン - ニール・ゲイマンによるコミック。最終話 The Tempest が本作品を主題にしている。
- 禁断の惑星 - 1950年代SF映画の中でも傑作と評され、現代SF映画の祖とされる。登場人物や孤立した舞台が本作と類似しており、プロットにも一部に本作と対応する部分があるため、大まかな意味での翻案と見做されている。
関連項目
- 天王星の衛星 - 劇中の登場人物が衛星名に多数命名されている。
- アイズ・ワイド・シャット - 題名がセバスチャンの台詞「eyes wide open」の引用とされる。
- オデュッセイア - ホメロスの叙事詩。魔法使いの住む島に漂着する設定などで同じモチーフをとる。
注
関連文献
- Bigliazzi, Silvia and Losanna Calve eds. Revisiting The Tempest:The Capacity to Signify, Palgrave Macmillan, 2014.
- Cochran, Peter. Small-Screen Shakespeare, Cambridge Scholars Publishing, 2013.
- Hopkins, Lisa. Shakespeare's The Tempest : the Relationship between Text and Flm, London: Methuen Drama, 2008.
- Jackson, Russell. The Cambridge Companion to Shakespeare on Screen, Cambridge University Press, 2020.
外部リンク
- The Tempest (Folger Shakespeare Library) 初期刊本の画像・関連絵画など
- The Tempest(Open Source Shakespeare)本文テクスト




